「そういうところもあるよね」を増やしていく

昔の自分を振り返ると、「こうしなければならない」にいつも縛られていたように思う。

半ば無理やり自分を縛りつけて、ちょっとでも逸脱したことをすれば、まるで人生が終わってしまうような……。

だけどそうした固定観念って、今振り返ると幻想でしかないのだと。

大事なのは「しなければならない」でガチガチに括るのではなく、「そういうところもあるよね」といったゆるい輪をどんどん広げていくこと。

自分の中の許容範囲を広げることで、人としても大きくなれるような気がしています。

「しなければならない」が顕著だった就職活動

自分の中で「しなければならない」がもっともよく現れていたときはいつなのか。

今思い起こしてみると、おそらく大学生のとき。

大学3年生になって「就活」という言葉をよく耳にするようになると、さまざまなことが自分の頭の中によぎるようになりました。

  • 大手企業・有名企業に行かなければならない
  • 年収のいいところに行かなければならない

だとか……。

世間体ばかりを気にして、自分が本当にどうしたいのかあまり考えていませんでした

別にそれを否定はしないし、そうしている人も実際に多くいると思う。

けれど実際に就職して転職もしてみて、今になって考えてみると、昔思っていたそれは、自分にとってはだたの虚構でしかないのだと。

別に大きな企業に行かなくたって、平均年収が高いところに行かなくたって死にやしない。

幸せの定義が人それぞれ異なるように、「しなければならない」なんてことって本当は何もないのかもしれません。

「まあそういうところもあるよね」と自分をもっと許容してあげる

どうしてこんなことを考え始めたのか。

それは今日、たまたまこの記事を読んだから。

NakamuraEmi、6年の大変化。自分の弱さを愛せるようになるまで

その中にこんなことが書いてありました。以下引用文。

スタッフさんたちや、カワムラさんが、「そろそろ自分のことを受け入れてもいいんじゃない?」って言ってくれたりして。正しさとかじゃなくて、「人間ってそういうところがあるよね」っていうのを、もっと感じて、それを我慢せずに出してもいいんじゃない? って。

今までは、まだ新人だし下っ端だし、頑張んなきゃ頑張んなきゃ、としか思ってなかったけど、「頑張りすぎるのも違うんだな」ということを感じさせてもらったから書けたのかな。

自分に対して理想を持つのはいいことだと僕は思う。

けれど「こうしないといけない」という思いが強すぎてしまうと、かえって自分を苦しめてしまう気がしていて。

「まあそういうところもあるよね」と自分をもっと許容してあげることで、生きやすさも大きく変わると思います。

自分を許してあげられるのであれば、他人に対しても「そういうところもあるもんね」と許してあげられるようになる。

肩の力を抜いて生きていることを自ら実感できたとき、もしかしたらそれが「大人になる」ことなのかもしれません。

とはいっても、上記の参照記事にも書いてある通り、肩の力を抜いて生きることは簡単ではない。

自分もまだまだ26の子ども。

時間がかかるかもしれないけれど、強さも弱さもすべて自分だと胸張れるような、そんなかっこいい大人になっていたい。

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