「これがいい」をどれだけ増やせるか

高校や大学までは、ただレールに乗っているだけでなんとかやり過ごせたのかもしれない。

だけど高校や大学を卒業して“社会人”になると、おそらくそうはいかなくなる気がしていて…。

なぜなら、幸せになるための答えが人によって違うから

正解がある場所から、正解がない場所へ。

そういうときこそ、「これがいい」と胸を張れるものをどれだけ増やせるかが、納得のある人生を送るためには大切な気がしています。

「みんな一緒がいい」と思っていた学生時代

自分が高校や大学のときを振り返ると、「みんな一緒でなきゃだめだ」という固定観念(?)みたいなものに支配されていたように思います。

たとえば、みんな就職活動しているから自分も就職活動することで安心する、みたいな。

みんなと同じ“正解”を、どこかで求めていたのかもしれません。

正解を求めて生きようとすると、自分の外側ばかりに目を向けてしまうことになる。

そこには意思がないので、自分の人生が他者によってコントロールされやすい

そして自分の内側にベクトルが向いていないので、自分のやりたいことや理想とする人生がますますわからなくなってしまう。

「これでいい」という選択肢をなくしていく

大学を卒業してサラリーマンとして働いていたとき、「これでいいんだ」とどこか自分に言い聞かせていたような気がします。

だけど「これでいい」ばかりで固められた人生だと、納得感のある人生にはなりにくい。

「これでいい」ではなくて、「これがいい」と胸をはれるものをどれだけ持てるか

受け身の人生ではなく、どれだけ自分の人生に主体性を持てるか。

「〜したいなぁ」で終わらせるのではなく、実現させるためにどうすればいいかを考えてみる。

そうやって意思を携えて人生を選択をすることが、ゴキゲンのよい人生につながっていくような気がしています。

もし今の人生に対して不満がある人は、「これがいい」という選択ができているかどうか、自分と対話する時間を持ってみるのもいいと思います。

本当は「これがいい」があるにも関わらず、「これでいい」ばかりを選択しているかもしれないから。

「これがいい」という主体性を持った人生は、意思が宿っているだけに楽しさも感じやすいはず

なんとなくもどかしい人生を送っている人は、自分の内側にベクトルを傾けてみると何か解決の糸口が見つかるかもしれません。

魂が震える瞬間、もっともっと注視していきたいな。

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正解はそこにあるものではない。つくりあげるもの。

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