ポップに循環させていく

ツイッターなどSNSをやっているとき、

「こんな投稿をしたらどう思われるのだろうか」

「こんなこと言われてほかの人から嫌われないだろうか」

など、ついまわりが気になることはないでしょうか。

自分の場合、ここ最近まで、ツイッターに関してはよく思っていました。

(最近になって少し改善した気がする)

なぜそのように思うのか自問自答してみたのですが、おそらく、自分のことしか考えていないからだと感じました。

「自分をいいように見せよう」

「かっこいい投稿をしよう」

そんなことばかり思っていると、どうしても疲れちゃうし、余計にまわりを気にしてしまう。

そしていいことを思いついても、投稿をためらってしまう。

そんな自分に、心の奥底でずっとずっとモヤっとしたものを抱えていたんですよね。

と、同時に、「そうか、give(与える)の要素が完全に抜けていたんだな」と最近になって気付けたように思います。

ツイッターを自分だけのものだとは思わないこと。

「いいな」と思ったものをどんどん循環させていく。

「give」の心をどれだけ心の底から思えるかが、僕にとっては大事なのかもしれません。

まわりをすべて敵対視していた過去

なぜこんな風に思えるようになったかというと、おそらく仲間意識が芽生えて自尊感情が高まったから

去年の8月に東京に出てくるまでは、地元の島根にいました。

福岡でやっていた会社員を短期離職していたこともあり、帰ってきた直後は、

  • この先どうやって生きていけばいいんだろうか
  • なんとしてでも生きていかなければ…

といった絶望感や焦燥感に駆られていたように思います。

次第に「一人で生きていくしかないんだ」という感情が生まれて、自分の周りにいる人みんなが敵だと無意識的に思うようにもなりました。

だけどフリーランスとして働き出して、「旅と写真と文章と」というコミュニティに入って、そして東京に2年半ぶりに出てきて。

さまざまな人のホッコリとしたあたたかさに触れるうちに、「こんな自分でもいいんだ」と少しずつ思えてきたのかもしれません。

そしていい意味で、他人のことをで無視できるようになったような気もしています。

自分で止めない、ポップに循環させていく

冒頭でも言ったけど、ツイッターをもっと「循環させていく」意識を持っていきたいなと思います。

「いいな」と思ったのなら、それを次の人にまわしていく。

感動したことを、感動したままにしておかない。

自分らしさをもっと出しつつ、「いいね」と思える循環をお手伝いしていくような。

僕の場合そうした目的があった方が楽になれるし、同時に楽しさを感じる気もする。

あまり「頑張る」という気持ちを持たず、ポップに、そして楽しくやっていこうと思います!

この記事が、誰かの参考になれば嬉しいです!

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