偏愛を突き通すことは自分を大切にすること

先日、まつりさん(@matsuricoffee)が運営しているコミュニティ「cooffee mate」に入りました。

こうした誰かの「好き」の瞬間に触れる瞬間は、清々しくて気持ちよさを感じます。

他人の偏愛に触れる瞬間は愛おしい。

と同時に、自分が「これだ」と思ったものを見つけたとき、その思いをどれだけ大切にできるか。

つまり、自分の内側から湧き出てきたものをどれだか突き通せるかが、そのあとの納得感ある人生に大きく関わるのではないかなと思うのです。

やりたいことがある、だけど…

「やりたい!」と思えるものがあったとします。

だけど周囲の目を気にしてしまうと、「こんなことやったらまわりの人どう思われるだろうか」など、あれこれ考えてしまうかもしれません。

そして「恥ずかしからいいや」と思い、辞めてしまう。

これってすごくもったいないと個人的に思います。

僕の場合、歩くことが好きで、先月からインスタで歩いた距離を毎日投稿しています。

(まだ1ヶ月ほどだけど)

(ちなみにインスタアカウントはこちら

正直最初は、こうしたインスタ投稿を始める前に恥ずかしさを感じていました

なぜなら文章でもなくこだわった写真でもない、ただの歩いた記録だから。

「こんなの誰でもできるじゃん」と思っていたし、変なプライドが邪魔をして、持たなくてもいい恥ずかしさも感じていました。

けれど実際やってみると、

「見てて気持ちいい」

「統一感があっていいね」

などと褒めてもらえるようになりました。

こういう言葉は本当に嬉しいし、「もっと頑張ろう」と活力になります。

今は無理だとしても、想いがあるなら大切にしていたい

何かやりたいことがあったとき、「自分なんかがやっても意味あるのかな」と思う人もいるかもしれません。

だけど「やりたい」と思えること、偏愛できるものがあるなら、とことんやってみてもいいんだと思います。

やり続けることで、いつか誰かに振り向いてもらえるかもしれない

「恥ずかしい」と思って自分を押し殺すのではなく、自分の内側から沸き起こるものにしっかりと耳を傾ける

遠回りをしてもいいから、「やりたい」と思うことを大切にすること。

その姿勢を持つことで、より自分のことが好きになり、自分のことを大切にすることにもつながるのかなと。

もしやりたいことが資金面で難しそうなら、今でなくてもいいと思います。

だけど今持っている想いを大切にしつつ、その想いを枯らしてしまわないこと。

遠回りをしてもいいから、「ありたい自分」になるために、しっかりと種を蒔くこと。

偏愛したいと思うものに、とことん偏愛し続ける。

愛を持つことで、より納得感の持てる人生に近くのかもしれません

ちなみに「やりたいことがわからない」ときは、無意識にやっていることにヒントがあるかも↓

無意識でやることに目を向けてみる

僕もまだまだなので、どんどん「やりたい」と思ったことにはトライしていきたいなと思います!

ツイッターのフォローはこちら。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です