自分の中にある純度をどれだけ高められるか

8月に東京に戻ってきてから、さまざまな人とお話する機会がありました。

友達と懐かしい話をすることもあったのですが、知っている人のさまざまな変わりぶりに衝撃を受けたことも何度かあって…。

いろいろと話を聞いているうちに、「自分の純度をもっともっと高めていこう」と思っている自分がいたんですよね。

「やりたくないこと」ではなく、どれだけ「やりたい」と思えることに挑めるか。

自分の素直な心に従い続ける自分でありたいなと、最近よく思うようになりました。

やりたくないことばかりの日々は、どこかで自分を痛めつけている

普段仕事をしていると、「これやるのめんどくさいなぁ」とか、「やりたくないなぁ」と思うこともありますよね。

たしかに「やりたいこと」を仕事をするために、「やりたくないこと」をするときもあるかもしれません。

ですが「やりたい」というベクトルから180度異なるような、「やりたくない」ことばかりで自分を構築してしまうと、ストレスも自然に溜めやすいと思います。

ストレスをどんどん蓄積させてしまうと、やがてはけ口を求めて、さまざまなことで自分を痛めつけてしまう

絶望して人生を半分あきらめたような態度をとり、ますます自分をぞんざいに扱ってしまう

「そんな風に生きている人もいっぱいいるのかもしれないなぁ」と、ふと思いました。

「やりたい」と思えることに素直になれる自分でいたい

自分を傷つけないために、いつもご機嫌のよい自分でいるために、どうすればいいのか。

やっぱり、「やりたい」と思えることをないがしろにしないことが大切だなと思いました。

自分の心の声にもっと耳を傾けてみる。

今の自分の素直な心を信じてみる。

自分の「やりたい」を持つことは、同時に自分を大切にしていることでもあるのかなと。

そうした心の声に気づくためには、自分の中にある純度をどれだけ高められるか

外側だけでなく、内側にいるもうひとりの「自分」と向き合い、どれだけ対話できる時間を設けられるか。

たまには孤独だと思えるような時間も、ときには必要なのかもしれません。

「自分の心に敏感になろう」という意識を持つだけで、人生の充実度もまた変わってくるのかも。

どんなときでも、素直な心に従える自分でいたいなと思います。

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