余白を抱きしめて生きる

「余白がほしい」と思っていても、毎日仕事や家事で忙しい場合、なかなか余白を作る時間が取れないかもしれません。

でも、もしかしたらそれは、「余白を作らないことを自ら選択している」ことなのかなと最近感じるようになりました。

今日は、「余白」について少しだけ考えてみたいと思います。

余白がなくなると自分と向き合う時間が減ってしまう

余白がだんだんなくなると、「考える」という作業を怠ってしまうんですよね。

もちろん仕事をしているときは、「もっといい記事にするには」「この表現をもっとこうした方がいいかな」とあれこれ考えます。

けれど余白の時間がとれないことは、「今後どう生きたいのか」「どういう自分で在りたいか」など、自分自身と向き合う時間が持てないことにつながるのかなと。

目の前の仕事をしっかりこなすことはもちろん大切。

だけどフリーランスのような立場の場合、「どういうベクトルに進みたいか」などと考えることは自分のキャリアにも直結するので、僕は余白を重要視した方がいいと思っています。

フリーランスは仕事を入れれば入れるほど収入に直結しがち。

だからこそ、余白を作って向き合う時間を取らないと、「自分はどこに向かっているんだろう」と悩んで右往左往してしまうような気もしていて…。

じゃあ余白をもつにはどうすればいいのか

「余白があるかどうか」という考え方を僕は改めたいなと思っています。

「余白がない」と言っているのは、おそらく余白を「ある」「ない」と受け身で捉えているから。

たとえ忙くても、ちょっとの隙間時間を作って考える癖をつけてみる

フリーランスならば、あえて仕事の量を抑えてでも自分と向き合ってみる

少し乱暴かもしれませんが、自ら「余白を創出する」という認識を持てば、必然的に自分と向き合う時間が生み出せるのではないかなと思います。

そうはいっても、時間がなくて忙しいと「余白を作るなんて無理だよ」と思うかもしれません。

(僕もつい先日までそう思っていました…)

でもそれは、「余白がない状況の自分に甘えている」部分も少なからずあるのかなと。

ないなら作る。

多少大変だとしても、その余白を使って向き合う時間を作り出せるかどうかに、僕にとっての真価が問われているのかなぁと思います。

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